画面は開発中のものです

人生とは、永遠のβテストだ。




(写真は晩秋のうきは。うきはで紅葉と言えば「柿園」の紅なのだ。)

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「節目に何かする」というのが、あまり好きではない。
元日や誕生日だからといって、その先の1年の目標を立てることもしないし、
歳末だから大掃除という風習にも違和感を覚える。
(かといって、常日頃から居住空間が清潔に保たれているかは別問題)

されど、今年だけは。
自分の中では大きな決断と行動の伴った、この年の歳末だけは、
振り返って残しておいてもいいんじゃないかと、思い立ったのが大晦日の夕暮れ時。

正直、筆が重い。
「年初に思い描いていた年末の自分」に、今の自分がほとんど近付けていない。
焦りや不安や挫折感を抱えたまま、それでも筆を執る。

2018年始に思い描いていた自分



上記の記事に「2018年は、こんな感じに動いていくよ」と、
いくつか書きました。
・3月末に関東で勤めていた会社を退職する
・春先に福岡県うきは市に移住する(年始時点では移住先の住居も決めていなかった)
・移住したうきは市で起業・独立する

それぞれの達成状況を見ていきましょう。

2018年末の進捗状況

[済]3月末に関東で勤めていた会社を退職する

たしかブログ内では経緯をあまり話してなかったと記憶していますが、
退職にあたり、立つ鳥跡を濁さずとはなりませんでした。

というのも、3月末に退職する方向で会社とは話がついていて、
有休消化のスケジュール等を加味して、2月いっぱいは実働のスケジュールだったのですが。

2月初旬頃にメンタル面の不調が再燃致しまして、
お客さん先での打ち合わせの真っ最中に我慢出来なくなり、その場から蒸発。
翌日、会社を欠勤したところ自宅近所で社長面談となり、
退職までの期間、どのように過ごすかを再編することに。

この頃から退職を経て移住実行までの4ヶ月近く、メンタル的にはだいぶ喪に服しており、
この期間中には会う人会う人に死んだ魚のような状態で接していたので、
色々と申し訳なかったなぁという気持ちを今でも引きずっています。



[済]春先に福岡県うきは市に移住する

そんなお通夜メンタルな状態での移住、およびそれに付帯する諸々の手続き。
特に移住後の生活のバタバタ感は、メンタルの不調を誤魔化すには格好の材料になりまして。

忙しくしていると気持ちが紛れていいですね。
ただ、その状態で体力まで尽きると心身ともに地獄を見るので気をつけた方がいいです。
以上、地獄の3丁目より現地レポートでお届けしています。



[進捗30%]移住したうきは市で起業・独立する

うきは移住の際に、デザイン事務所を経営している個人事業主さんに拾って頂き、
そちらと雇用契約を結ぶ形で始まった、うきはでの生活。

その個人事業主さんが、8月に法人化されたのですが、
そこまでの3〜4ヶ月、社保ではなかったため、
一般的なフリーランスさんと同様、国保や国民年金は10割個人の負担。

加えて、新生活開始時に色々と物入りなのと、
初めての一人暮らしで色々勝手がわからない部分が多くあり、
秋口までは、毎月収支赤字の報告をしてくれるマネーフォーワードのアプリと睨めっこしてました。
家計は火の車でしたが、これもまた、メンタル不調を紛らわすには十分な材料でした。

いや、多分ここは普通ならメンタルが破滅する場面なのですが、
幸い、雇用保険の再就職手当にて、まとまったキャッシュが手に入っており、
「多分半年は持つけどこのままだとヤバイなー」くらいの精神状態で済みました。

よく覚えておいて頂きたいのですが、メンタル不調の予防に効くのは生活基盤の安定であり、
だいたいのことは金で解決できます。

お金の話はこのくらいにして。

元々起業・創業するつもりで、うきはに移住し、
市からの創業支援補助金を受けるために創業セミナーにも参加し、
開業届も税務署に提出し……
(書いてて思い出したけど補助金の受給申請が未完なんだよなぁ)

と、ここまでやっておきながら、
現状私のワークスタイルは、平日9:00〜18:00勤務という一般サラリマン。
……を、やりつつ、前職のご縁で私個人に対しwebシステム制作の依頼を頂きまして。
平日の業後と週末は、そちらで手を動かしている、という状況です。

うきはでやりたかった「こども向けICT教室」の構想ですが、
現状、個人としては計画がストップしてしまっています。

ギャップのなかで感じていること

年始のあの頃、思い描いていた生活は、
個人で地域に小さな教室を開き、サブワークで案件を受託しながら、
自分の生業を確立していく、というものでしたが。

移住してからの現在、
結局サラリーマン的な生活サイクルで、
サラリーマン的に社保の恩恵を受け、
サラリーマン的に組織として仕事をしている。

「このままサラリーマン的な人生を送っていたら心身が壊れてしまう!」
と、飛び出した先で、結局サラリーマンをやっている。

一般的なサラリーマンから外れることで、
個人に対して税負担が重くのしかかってくることを体感した今、
雇用契約自体を否定するつもりはないし、事実それで食い繋げてはいる。

しかし、ある意味元の鞘に収まってしまったことで、
「いつかまた壊れてしまうんじゃないか」
といった不安が、常に付き纏う。


2018年は、その辺りを試運転出来た年ではあった。
キッカケを与えて頂いたり、受け入れて頂いたりと、
人に助けられてばかりの1年であった。

受けたご恩は返したい。
ただ、そのために無理して壊れてしまったら、元も子もない。
まずは自分が壊れないための基盤をちゃんと作らないと。
それが出来るのは、来年中なのか、3年後なのか、8年以上かかるのか。
何より、その基盤とやらは、どんなカタチのものなのか。
来年は、引き続きその辺りを模索していく年になりそうだ。

執筆者プロフィール

KOBA / KOBA5884 / 小林佑輔

1987年生。青春時代及び社会人経験の初期を神奈川県で過した後、2018年5月、福岡県うきは市に移住。

システムエンジニアとして食い繋ぎつつ、そこで培ったスキルを地域貢献に活かせないか模索中。

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