前日に「神奈川は桜が満開」という報を受け、
次の日の朝、5時過ぎにはバイクに飛び乗っていた。
降水確率100%の雨にも関わらず。

どうしても、散ってしまう前に見たい桜があったから。



よかった。今年は散る前に見ることができた。
 

厚木市立戸室小学校。
国道246から一本細い道を入り、住宅街を抜け、
急な斜面を登り切った所に、佇んでいる。


 
(画面中央が異様にボケているのは、
 ヘルメットに装着していたカメラに雨粒が当たったままである影響です。)

別に廃校した訳でも、取り壊される訳でもない。
学校のホームページには、今年も元気な生徒たちを迎え入れた様子が綴られている。

なぜ、私がこの学校の桜にご執心なのか。
それは、実のところ私にもわかっていない。

ただ、私が人生一度しかない「小学校の入学式」をここで迎え、
人生初の「小学校生活」をここで過ごし、
人生初の「転校によるクラスメイトとの別れ」を経験したという、
たったそれだけのこと。



桜なんて年中咲いている訳でもない。
1年間しか居なかった小学校の桜並木なんて、
人生の中では、ほんの一瞬の出来事に過ぎない。

それでも、この桜並木をくぐって、学校に通ったという記憶は、
身体のどこかに、今でも残り続けていて。



転校から、もう二十余年経った。
当時は親の転勤の都合で離れたが、
今はこうして、自分の足で戻ってこれる。

でもそれは物理的な話であって、
あの頃には戻れない。
あの日別れた、あの子やあの娘は、今どうしているだろう?




今年もたくさんの児童たちが、この桜並木をくぐるんだろう。
そのときには気にも留めなかった、こんな日常の風景が、
時を経て、「あの頃に帰りたい」と、強烈に思わせるのは、
ある意味残酷な話なのかもしれない。



桜を見上げる。
ここを通る児童たちも、同じように見上げるのだろうか。
幾つ齢を重ねても、桜は仰ぎ見るものであるということは変わらない。
それは、桜が「顔を上げろ」と話しかけてくるからかもしれない。

ちなみに、桜は自らの散り際は自分で決めるそうで、
雨や風では散らないそうだ。