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私が地方移住に向けて動き出すきっかけになったのは、
多分、この言葉だったんだと思う。

(ここで言う「義父」は、正確には妹の義父なのですが、
 便宜上義父という表記でいかせていただきます。)

 
もう2年くらい前だったか、妹夫婦の家に遊びに行った際、
義父が私の父に対して、 「私には『田舎』が無いんです」といった話を零していた。
だから、九州に帰る家があるのが羨ましい、と。

父含め、私の本籍地は福岡県のうきは市という、田舎町です。
何年か前の市町村合併により、吉井町の白壁の町並みもうきは市のものとして統合されましたが、
基本は田畑と果樹園がひたすら広がっている田舎町です。
緩やかにですが確実に人口が減ってきている、典型的な過疎地域です。

私自身が長男坊であり、私の父は次男ながら、長男(伯父)が婿養子で家を出たため、
いずれは私たちはうきはの家に帰るんだろうな。と、20歳過ぎたあたりからぼんやりと考えていました。
今、うきはの家は空き家状態で、唯一の住民である80代の祖母は、施設で寝たきりの状況です。

父はあと数年で定年退職となります。
定年後どうしたいのか、あまり父の口からは聞いたことはありませんでした。
今後、祖母や家のことをどうしていくのか、ということも。

そんな中での、冒頭の義父の言葉。
おそらく、日本の原風景そのものに対してや、そこに「帰れる」という状況に対する、
憧れのようなものが混じっているように感じました。

これはここ最近のバズり具合を勝手に言語化した印象論なのですが、
今、日本は人口減と、都市(特に東京)への人口集中の二つの問題が同時に発生しています。
時が経てば、義父のようにいわゆる「田舎」を持たない人が今後増えていくんでしょう。

いつか帰りたいと思える風景を、誰かが残していかなきゃいけない。
ふっと沸いたそんな思いと、自分が置かれている状況とが噛み合って、色々と考えるようになりました。

私が働いている今の会社(従業員30人弱の小さな会社です)では、リモートワークで遠方のエンジニアが一緒に働いています。
そうした働き方が出来るのなら、いずれ帰るのだから、もう田舎に引っ込んで良いのでは。
むしろ、田舎でIT教室でも開いて、田舎に観光客や移民を呼び込む仕事を作っていったらいいのでは。

そこからは色々と妄想が広がります。
その辺のあれやりたい、これやりたい、って話は、おいおい記事にしようかと思います。

今、神奈川の横浜に住んでいます。
横浜からうきはは遠いですが。今、この場所で準備できることはきっとある。
そう思いながら、将来をどうしていきたいのか、どう生きていきたいのか、
真剣に考えることが増えた20代最後の年。

遅すぎることも、早すぎることも無いでしょう。
誰かがいずれ帰る場所にて、一足先に居場所を作っておこうと考えています。