福岡県うきは市には、大学がない。
福岡県うきは市には、私立の学校がない。

するとどうなるか。

学力が高かったり、学習意欲の高かったりするこども達が、
成長するにつれて次々と市外へ流出してしまう。

その結果、うきは市に残るこども達の学力は、
近隣の市と比べて芳しくない。
ということを、行政関係者から教えて頂く機会があった。


若手の流出は、人口減にダイレクトに響く

うきは市は、特に
・進学
・就職
といったライフイベントを期に人口が流出する。

移民としてやってくる人たちは、
若くても30代後半。

10代後半から30代前半の、若い力がこの町には足りない。
この年代が地域に根付かないと、出生数も上がらない。

一方で、不謹慎だが、
人口の多くを占める高齢者は次々と「退場」していく。

このままいけば、この町の人口は減る一方だ。

若い力を活かすためには「特色ある教育」が必要だ

先に挙げた通り、この町には高等教育機関が少ない。

学歴社会を生き抜く前提で見た時に、若者がこの町に居着く理由は無い。
近隣の久留米市や、もう少し足を伸ばして、福岡市にでも出た方が、
教育を受ける機会は遥かに充実している。

さて、以降の文章は仮説および、私の展望である。

本当に、この町に若者の居場所は無いのだろうか。
エネルギーに満ち溢れ、怖いもの無しの若者の力こそ、
課題を抱えた地域に必要なのではないだろうか。

では、どのように、若者にに町に居着いてもらうか。
彼らにとって、「この町でしか得られない体験」があれば、
町に残る理由になるのではなかろうか。

また、「学び」について。
「生涯学習」なんて言葉がある通り、人は、生きている限り学び続けられる。
これは、本来教育を「受ける」側である若者とて例外ではない。
ただ「与えられる」教育ではない、「主体的な学びが得られる土壌」を、
老若男女問わず、共に作り上げるような町があっても、良いのではないか。

市民から草の根的に、地域ブランドを「発信する力」を養うのはどうか

うきは市には、
「うきは市ルネッサンス戦略」
「うきはテロワール」
といった、行政が主体となっての地域おこしの標語・戦略が存在する。
(これらについては、別途記事にまとめる予定)

行政は、その存在の維持のために、
地域を盛り上げることが、ある種「宿命」となる。

では、そこに住む市民はどうなのか。
「このままでは自分の故郷が衰退・消滅する」という状況を目の当たりにし、
あるいはその事実に気付かないか、目を背けたまま、
「行政がなんとかしてくれる」「行政が必死に地域おこしをやっている」
というだけで良いのだろうか。

町の良さを肌感覚で知っているのは、他でもない市民自身だ。
彼らの口から、彼らの声で、彼らの思いを発信すること。
自分の故郷を残すという選択をするのも、
そのために故郷の良さを多方面に売り込むのも、
本来的には、市民の手に委ねられるべきだ。

声を上げるための技術やノウハウが無いのであれば、
私が仕入れて、市民の武器として広めていく。
そうした役割を、担いたいと考えている。

私は一度「情報の先生」になることを諦めた

私は、高等学校の情報教科の教員免許を所持している。
しかし、教職には就かなかった。

理由はいくつかあるが、
自身の教育実習を振り返ったときに、散々だったというのが大きい。

私が行なった授業は、もはや単なるプレゼンテーションで、
自分の思いを伝えるだけ伝えて、それを生徒に押し付けるだけだった。

当時、自身の実習の成果を振り返って、
「自分は、教育者には向いていないんだろうな」と痛感した。


私は、この地"うきは"で、再起したい

私は、うきはの地で情報の先生になりたい。
しかし、私は教育者には向いていない。

一見これは矛盾しているが、私もまた「学ぶ立場」として、
私から武器を受け取る、あらゆる人たちと、共に歩んでいきたい。

そして、それはやはり、私にとっては、うきはの地でなければならない。
私は、ただ故郷の風景を、人の営みを、後世に残すために、
「情報発信」という武器を振るい、またそれを分け与える者になりたい。


* * *

さて、改めての初心表明となりましたが。

実は、これと近しい事って、半年くらい前に既に記事として書いてるんですよね。
それはもう、具体的にどんな事業をやりたいか、というところまで。

一周回って戻ってきたというか、
自分が当初考えていたことが、一周回って、本当にやりたいことだと気付けたというか。
ついでなので、以下の記事もご覧頂ければ幸いです。


ぼちぼち、具体的にどのように収益化するとか、
どういった客層をターゲットにするとかについても、
思考しつつ記事にまとめていきます。