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シリーズ「個人的昔話」の執筆目的


事業発足に必要なのは、
その事業に傾ける「情熱」であり、
「情熱」の源泉は、事業発起人の「原体験」にある。

実業家たちの本をいくつか読み漁って、
上述の仮説を得た私は、
自身の「原体験」を掘り起こすことを思い立った。

原体験を振り返り、
そこで得た人生の糧を、
自分がこれから起こそうとしている事業に活かすことを目的とした、
一種のブレーンストーミングである。

今回の「原体験」

地域のこども会が主催する「クリスマス会」にて、門前払いを受けたことがある。

私の両親は、両親とも福岡県の出身ではあるが、
私の「出生地」は大分県である。
父が転勤族で、小さい頃は引っ越しが多かった。

そんな引っ越し先の一地域で起きた出来事。
私は当時6歳だった。

月に1回、住んでいるマンションのゴミ捨て場にて、
地域のこども達が集まって「空き缶潰し」をしていた。
彼らは「こども会」のメンバーだった。

私は、家庭が転勤族だったこともあり、
こども会には加入していなかった。
しかし、「空き缶潰し」は参加させてもらえた。
同年代のこども達と、ワイワイ空き缶を潰すのは楽しかった。

12月、自宅近くの児童館にて、クリスマス会が開催された。
参加資格があるのは、こども会加入のこども達。
「空き缶を一緒に潰した彼らが参加している会なら、自分も混ざれるのでは」
と思い、私も参加しようとしたが、追い返されてしまった。
私はその日、泣きながら家に帰った。

原体験から得た「気付き」

仲間外れにされて「寂しい」という気持ちも大きかったが、
それ以上に、このとき初めて「悔しさ」を自分の中で実感したと思う。

どんなに一緒に空き缶を潰しても、
こども会の会員である彼らと、そうでない私の間には、
絶対に埋められない溝のようなものがあるのだと、
子供心に実感した。

また、転勤族の家庭にある自分は、
今後もこうしたことが起こるのだろう予見してしまった。
地域のコミュニティから、いつかは離れてしまう。
だったら、最初から深く関わろうとしないほうがよいのでは、と。

原体験をどのように昇華するか

とはいえ、地域の同世代のこども達と一緒に空き缶を潰すのは楽しかった。
同世代との交流の面も当然強いが、
「町の活動に、自分が参加する余地がある」ことで、
帰属意識のようなものが芽生えたのだと思う。
(だからこそ、クリスマス会の件は本当に悔しかったのだが)

「仲間外れを産まない仕組みづくり」は何かしらの形で取り組みたい。
誰かの「一緒に何かやりたい」「仲間に入れて欲しい」という気持ちに、
コミュニティとしての体裁を維持しつつ、応えられる仕組みは、何かしらあると思う。

あと、何より、転勤族として振り回された経験から、
「早い段階で永住の地に根を張ろう」という気持ちが強いのだと思う。
だから、20代のうちに(本籍的な意味での)Uターンを決意したし、
そこでの居場所作りの一環として、事業計画を立案した。

多分、自分がやりたいことのひとつは「居場所作り」なのだと思う。
居場所作りという観点で言えば、それはカフェでも良かったかもしれないし、
学童保育施設でもよかったかもしれない。

ここに加えて、「地域への帰属意識」を実感するアクティビティを盛り込んだときに、
至った結論が「地域課題を発見・解決するコミュニティ」の機能を内包した「パソコン教室」だった。
(パソコン教室にしたのは、自身のスキルを棚卸しした結果によるものだが)

原体験と事業計画がしっかりリンクしているから、
私は、私がやろうとしていることに対して、情熱を傾けられるし、
そのためであれば、あらゆる手段を講じる覚悟が据わった気がする。

 * * *

とまぁ、こんな感じで、
今後も自分の昔話と、そこから何を得て何を決めたのかについて、
綴っていきますので、お付き合い頂けますと幸甚です。